日本応用数理学会 論文賞, ベストオーサー賞 2009年度

2009年度日本応用数理学会論文賞, ベストオーサー賞は,同表彰規定に基づいて, 2006年3月(第16巻1号)から2008年12月(第18巻4号)の「日本応用数理学会論文誌」 および「JJIAM」に発表された論文の中から計 4編に論文賞が, 学会誌「応用数理」 に発表された論文,インダストリアルマテリアルの中からベストオーサー賞 2編が 贈呈されることに決まり,2009年 9月の年会において著者に表彰状が授与された.

論文賞
応用部門 [論文]
   複素モーメントに基づく画像特徴抽出
   (日本応用数理学会論文誌 Vol.18, No.1, 2008, pp.135--153)

[著者]
   伊藤 信貴(東京大学), 奈良 高明(電気通信大学), 櫻井 鉄也(筑波大学)

[受賞理由]
   エッジ,コーナーを初めとする画像の局所的特徴の抽出は,画像解析やコンピュータビジョンにおける重要な課題の一つである. 特に,ノイズに対して安定な特徴抽出法は重要である. 本論文は,従来画像全体に対して適用されていた複素モーメントを局所画像に適用し,ノイズ存在下でも安定に画像の局所的特徴を抽出する方法を提案している. 抽出される特徴は,エッジ,コーナー,円対称点,非円対称点であり,従来法以上の頑健性を有し,エッジ抽出においては,ノイズレベルに対して閾値を大きく変化させることなく安定に検出できることを実験により示している. また,計算機により画像処理を行う場合に必要な離散画像に対して局所画像の複素モーメントを精確に計算するオペレータも提案している. 応用上重要な問題に対して明解な数理的手法を提案し,その有効性と可能性を示した点を高く評価し,平成21年度論文賞(応用部門)を授与するに相応しいと論文賞委員会は判断した.
実用部門 [論文]
   B/Sを利用した回収率とそれに基づく貸出債権の適正プライシング・モデル
   (日本応用数理学会論文誌 Vol.16, No.3, 2006, pp.317--343)

[著者]
   金子 拓也(東京工業大学(りそな銀行)), 中川 秀敏(東京工業大学)

[受賞理由]
   本論文は,貸出先の信用力および貸手である銀行自身の信用リスク許容度に応じた適正な貸出金利を評価する手法を提案したものである. 回収率を重要な信用リスク要因と考え,デフォルト時回収率の確率分布を貸出先の貸借対照表(B/S)を利用して特徴付けるという新しいアイデアに基づくモデルも同時に提案している. 提案されている手法によれば,粉飾懸念に対する調整も自然に行うことが可能であり,それは現実に起こった破綻企業のデータからも有効なことが確認されている. さらに,実際の非上場企業の財務データを用いた数値実験は,当モデルが実務に即応用可能であることを示している. このように,本論文は今後の展開の基礎ともなり得る実用上有効な研究であると高く評価できる.よって平成21年度論文賞(実用部門)を授与するに相応しいと論文賞委員会は判断した.
実用部門 [論文]
   PMM型主成分分析を用いた文書ストリームの主要潜在トピック抽出
   (日本応用数理学会論文誌 Vol.18, No.3, 2008, pp.363--388)

[著者]
   木村 昌弘(龍谷大学), 斉藤 和巳(静岡県立大学)

[受賞理由]
   本論文は,大量の文書データからの主要潜在トピックの抽出を文書のBOW表現(bag of words; すなわち単語出現頻度データ)を用いて自動的に行う手法を提案し,現実の大規模文書データに適用してその有効性を示したものである. 特に文書データに現れる単語の頻度が各主要トピックに対応する多項分布の重ね合わせとして実現されていると考え,各多項分布を主成分分析型の主軸抽出アプローチで近似的に推定して主要潜在トピックとそれた活発に現れていた期間を推定する. 提案方法は過去10年分の新聞の国際ニュース記事データ等に適用され,適切なトピック抽出が行われていることが説得力を持って実証されている. 大量データを容易に取得できるようになった現在,そこからの知識発見や予測は重要な研究課題である. 本論文は果敢にこの問題に取組み実データを用いて手法の有用性を示しており,平成21年度論文賞(実用部門)を授与するに相応しいと論文賞委員会は判断した.
JJIAM部門 [論文]
   Deviation from the predicted wavenumber in a mode selection problem for the Turing patterns
   (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics Vol.25, No.3, 2008 , pp.281--303)

[著者]
   桑村 雅隆(神戸大学)

[受賞理由]
   本論文は,物理学,生物学,化学等の分野で信じられていた作業仮説が必ずしも正しくないことを力学系理論やそれを補う数値計算等使って数理科学の観点から主張したものである. 1952年,アラン・チューリングはある反応拡散系に対して,空間一様平衡解に対して,拡散を無視した反応だけからなる常微分方程式の解としては漸近安定であるが,反応拡散系としては不安定となる,すなわち「拡散は必ずしも空間一様化を促進しない」というパラドクスを示した. 以後,空間一様平衡解が不安定化したとき新たに生じる空間非一様解が示すパターンは,チューリングパターンと呼ばれている. この考えは生物系のみならず,化学系,物理系に現れる自己組織化パターンの解明に大きな理論的支柱となってきた. チューリングパターンを分岐理論の視点から述べれば,反応拡散系に対してあるパラメーターを変化させたとき,空間一様平衡解が安定から不安定に変わるときに空間非一様な分岐解としてパターンが現れるということである. このとき問題となるのは,どのようなパターンが選択されるのだろうかという「パターン選択」である. 系のパラメーターを大きくしていったとき,ある限界値で空間一様な平衡解の安定性が失われた状況下で,パラメータをさらに大きくすると,いくつかの不安定モードが現れる(対応する固有関数の固有値の実部が正となる). このとき,どのモードを持つパターンが出現するのかという「モード選択」が問題となる. それに対して,いくつかの不安定モードの中で,固有値の実部が最大となるモードを持つパターンが出現するというのがこれまでの答えであった. これに対して,著者は,2変数反応拡散系ではそうであるが,3変数以上の反応拡散系には必ずしもそうではないことを具体的な例を取り上げて,力学系理論やそれを補う数値計算使って示した. この結果は自己組織化パターンを扱っている数理生態学,非線形物理学,非線形化学等に大きな驚きを与えると共に,3変数以上の反応拡散系に対して新たな問題を提起した. 以上,本論文は数理科学から他分野へ貢献するものであり,本年度のJJIAM論文賞に相応しいと評価された.


ベストオーサー賞
論文部門 [論文]
   蝶の飛翔に潜む数理構造
   (応用数理 Vol.18, No.4, 2008, pp.39--51)

[著者]
   飯間 信(北海道大学)

[受賞理由]
   本論文では,ナヴィエ・ストークス流体中における蝶などの昆虫の飛翔と渦の働きについて,渦度のある粘性流体におけるブラジウスの公式をもちいた議論がなされている. またこれと対比する形で,粘性効果の大きいストークス流体中では,生物は単純な往復運動では推進できないことが興味深く述べられている. 他分野の読者にも,最新の理論の面白さが伝わる著述で,高く評価される.
インダストリアル部門 [論文]
   大規模寸法最適化による自動車オートマチック・トランスミッションの振動特性の改善
   (応用数理 Vol.18, No.2, 2008, pp.66--70)

[著者]
   井手 貴範(アイシン・エイ・ダブリュ(株)), 北村 陽平((株)エイ・ダブリュ・エンジニアリング), 小坂 郁(Vanderplaats Research and Development Inc.)

[受賞理由]
   本論文では,自動車用のオートマチックトランスミッションの振動,騒音を減らすために,企業の製品開発の最前線で行っているシミュレーション手法であるTopometry最適化を紹介している. Topometry最適化では,単一の材料からなる板であっても,その板厚を場所により変化させることにより,材料の総量を変えることなく剛性を増すことができるという原理を利用して設計を行う. 板に対する最適化結果はシンプルな調和性が感じられる原理であるが,対象がトランスミッション装置のような複雑なものである場合には,インダストリアル的アプローチが必要となる. 本論文ではそれがわかりやすく述べられていることから,高く評価される.